FC2ブログ

8月31日(土)晴れ

今日は実家の自宅スタジオに行って
ミキシングの作業をちょっとだけしました。
お陰さまでちょっとだけ進みました。

ということで
今日で夏も終わりです。

あっというまの忙しい夏でしたけれど
とても充実していて良かったです。

この夏もいろいろな所に
演奏に行かせていただきましたし、
岐阜・滋賀・福井に旅行で行けたのも
とても良い思い出となりました。

子どもたちと一緒にボルダリングを始めたのも、
僕にとっては世界がちょっと広がりました。

↓7歳の息子と5歳の娘も楽しんでやってますので、続けて欲しいです。
19082801.jpg
19082802.jpg
ところで
明日のFM湘南78.3の『ミマスの星空音楽館』は
Jリーグのサッカー中継のためにお休みになります。

ということで
皆さま楽しい初秋をお迎えください!!
スポンサーサイト



8月29日(木)曇り

今日も原稿書きのお仕事をしていました。

ところで7歳の息子は明日から学校です。
夏休みの自由研究もここ数日でがんばって終わらせました。
昨年は元素について調べていました。
今年は戦国時代の歴史だそうです。

原稿用紙4枚ぶん書いていましたが
昨年よりも文章力がじつに向上しているので
親としましては成長を感じました。

ということで
明日もがんばりましょう!!

8月28日(水)雨

今日は原稿書きのお仕事をしていました。
お陰さまでずいぶんサクサクと進みました。

ということで
明日もがんばりましょう!!

8月27日(火)曇り

めずらしく子どもたちが
『ボルダリングに行きたいよ』と言い出したので
今日またジムに行ってきました。

夏の初めに熱心に通っていましたが
その後まったく疎遠になっていたので
もう飽きたかと思っていたのですけれど

オリンピックが近づいてきて
テレビでも盛んにボルダリングなどの
スポーツクライミングのニュースや映像を見るようになったので
思い出したのかもしれません。

7歳の息子も5歳の娘も
最初の頃に比べると
『手足だけではなく腰や身体のバネや反動を使う』ということが
すごく自然にできるようになっているように見えます。

頭で考えてやっているのではなく、
『体が覚えた』という状況なのだろうなと思います。
(僕自身もチョー初心者なのでよく分かりませんが)

きょうも2時間半くらいやってきました。
何十回落っこちてもすぐに立ち上がって壁に向かっていく姿を見ると
それなりに何か魅力を感じているのだと思います。
親としましては、ぜひ続けて欲しいものだと思います。

8月26日(月)雷雨

今日の平塚はすごい雷雨が来まして
そのあと夕方には虹も見られました。
真っ黒な雨雲の手前に鮮やかな七色の虹がかかりまして
なかなか荘厳な眺めでした~。

子どもたちが
『川に行けば虹がもっとよく見えるよ。川に行こうよ』
と言うので、みんなで川辺に行ってしばらく眺めておりました。

5歳の娘に
『ナナミ、虹はどこにできるかというと
 必ず太陽の反対側にできるのだ。
 太陽の光が空気中の雨粒のせいで7色に分かれて空に映るのだ。
 太陽の光は白く見えるが、ほんとうはいろいろな色から成っていて
 雨粒がそれを7色に分けて見せてくれるのだな』
と説明したところ、娘が

『じゃあ、太陽は、ほんとうは、
 木星みたいにいろんな色のシマシマ模様なの?』
と言ったので、なるほどなあ、おもしろい発想だなあと思いました。

『ナナミ、虹のアーチが地面と重なる所、つまり虹の根っこに行くと
 そこに宝物が埋まっているんだってさ。
 でもその宝物を掘り出した人はまだいません。
 そこに行ったら、虹はまたさらに遠ざかるからです。
 虹というのは、一つのものをみんなが見ているのではなくて
 一人一人がべつべつの虹を見ているんだ。
 いまお前さんが見ている虹と、隣でお父さんが見ている虹は別物だ』
と説明したら、

『え~、あたしも、虹の根っこに行って宝物を掘りたいなあ』
と言っておりました。

それはそうと、
おとといの胎内星まつりは
ざんねんながら今年も天気には恵まれませんでした。
雨はあまり降りませんでしたが、ずっと曇りでほとんど星空は見られませんでした。

土曜日の夜の星空コンサートでは
アクアマリンは7組中で6番目のステージでした。
直前のステージは、台湾から参加されたミュージシャンが
オカリナやオーボエを演奏していたのですけれど
そのときステージの裏で楽器の準備をしながら夜空を見上げたら
雲が切れて、かんむり座や織姫星や白鳥座が見えました。

台湾の皆さんが奏でる音楽とあいまって
なんだか鳥肌が立つくらい美しい光景でしたよ。

サチコネエサンは晴れ間に運よく大きな望遠鏡で
土星を見せてもらったと言っていました。
来年は天気に恵まれると良いですねえ。

8月25日(日)曇り

昨日は新潟県胎内市で行われた天文イベント
『胎内星まつり』でイベントライブでした。

お越しいただいたお客さま
イベントスタッフの皆さま
ほんとうにありがとうございました。

金曜日と土曜日に現地に2泊しまして
きょうは高速道路を走って無事に帰ってきて
夜はラジオの生放送でした。
星のコーナーは、『みなみのかんむり座』の話をしましたよ。

胎内星まつりでは
いろいろと印象的なことがあり
3日間たのしく過ごしました。

また明日以降に書きたいと思います。
ということで
また一週間がんばりましょう!!

8月22日(木)曇り

7歳の息子が
10月の天文宇宙検定の試験を受けるそうです。
せんじつの原村星まつりの会場で
テキストと問題集を買ってきました。

昨年は4級というのを受けて合格したので
ことしは3級を受けるそうで、
きのう郵便局で受験料を支払ってきましたよ。

受験勉強は僕はほとんど口出しせず
『自分でテキスト読んで勉強しなさい』という態度をつらぬいて
いるのですけれど、

きのう息子が
『ねえ、パパ、年周視差ってなに?』
と聞いてきたので
へえ、ずいぶん難しい問題が出るのだなあと思いながらも
年周視差について説明しました。

で、きょうは
『ねえ、パパ、歳差運動ってなに?』
と聞いてきたので
『へええ、歳差運動の問題が出るの? それはちょっと複雑だから
 またこんど時間のあるときに改めてじっくり説明するよ』
と言っておきました~。

3級はなかなか難しいんじゃないかと思いますが
本人は『試験、たのしみだな~~』と嬉々として言っておりますので(笑)
とりあえずがんばってほしいなあと思います。

8月21日(水)曇り

これまで10日間くらいずっと、
リビングでエアコンをつけて寝ていたのですけれど、

昨夜はやっと比較的涼しくなったので
ひさしぶりに自分の部屋で窓を開けて寝ました。
とても快適に眠れました。
熱帯夜もようやく終わってくれますねえ。

ということで
今度の週末は新潟県胎内市で開催される『胎内星まつり』に参ります。
星空コンサートは土曜日の夜ですが
アクアマリンは金曜日から会場のブースでCDや著書を販売してますので
ご参加の方はぜひ声をかけてくださいね!
(詳細は↑『LIVE』のページをごらんください)

8月20日(火)晴れのち曇り

今日は、小田原市小学校教育研究会というところに
講師としてお招きいただきまして
行って参りました。

小学校で音楽を教えている先生がたに
合唱曲の作者として
2時間くらいお話&演奏させていただきました。

参加された先生がた
ほんとうにありがとうございました。

会場の三の丸小学校というのは
小田原城の隣でした。
小田原市や箱根・足柄地域でも
合唱曲を歌ってくださっているそうで
本当に光栄に思います。

8月19日(月)晴れ

今日、近所のご夫婦が
家庭菜園で作っているミニトマトを
大量にくださいました。

さっそく10個くらいいただきましたが
本当においしかったです。
ありがたいことでございます。

ということで
明日もがんばりましょう!!

8月18(日)晴れ

今日は日曜なのでラジオの生放送の日でした。

星のコーナーは
いて座の話をしましたよ。

ということで
また一週間がんばりましょう!!

8月17日(土)晴れ

今日も平塚は暑かったです。

ところで今日は子どもを連れて
横浜のこども科学館に行ってきたのですけれど、
帰りに平塚駅の近くのタコス屋サンで買ったタコスが
とても美味しかったです。

ビーフと生ハムとチキンというのを3種類買って
家に帰ってからみんなで食べました。
また買いたいと思います。

8月16日(金)晴れ

今日は晩ご飯にコンビニのカレーを食べました。
バターチキンカレーで、なかなかおいしかったです。

ところで
先日の歴史探訪旅行では
行く先々でいろいろとオミヤゲを買いました。

福井県の一乗谷では7歳の息子は
朝倉義景の伝記マンガを買ったのですけれど
今日、それを読みながら
『ねえ、パパ、明智光秀が織田信長を殺した理由は
 朝倉義景と足利義昭のカタキをとるということだったんじゃないの?』
と言いました。

『なるほどなあ、本能寺の変の真相はいろんな説があるけど
 そういうこともあるかもしれないな。』
 いろいろと想像をめぐらして、自分で考えるっていうのは大切なことだ』
と言っておきました~。

息子とは歴史の話を日常的にたくさんするのですが
近ごろはかなり本質的なトークをするようになってきました(笑)。
さきほど
『ねえ、パパ、どうして平家は驕るようになってしまったんだろう?』
と突然いいだしました。

『それはねえ、人間というのは
 カネだとか権力を手にすると、傲慢になってしまうものなんだな。
 歴史を学んで分かることの一つは
 人間という生き物がどういうものかっていうことだ。
 これは1000年前でも2000年前でも3000年前でも変わらない。
 1000年後でも2000年後でも変わらないと思うな。
 歴史を学ぶなかで人間を知って、自分を知って、それを自分の人生に活かしていくんだ。
 歴史上の人物をたくさん知ってゆくと
 そのなかに
 ”自分はこうはなりたくない”と思う人や
 ”自分もこんなふうに生きたい”と思う人が出てくるはずだ。
 それを自分の人生のお手本にするんだ。』

と言ったら息子は

『なるほど、歴史は人生の教科書なんだね』
と答えました。

『パパは、人生のお手本にしている歴史上の人物はいるの?』
と聞いてきたので

『いるよ。』
と言って、4人ほど名前を挙げました。
そのうち二人は息子は名前を知っていました。

ということで
明日は歴史に残るような猛暑になるそうですので
みんなで熱中症には気をつけましょう!!

8月15日(木)曇り時々雨

今日も実家の自宅スタジオに行って
僕のコーラスパートを1曲ぶん録音しました。

ということで、今日も先日行ってきた旅行の写真を載せます。
旅行の写真はきょうで最後になります。

↓これは福井県の敦賀で食べたマグロ丼です。(クリックして大きくして見てね)
19081501.jpg
とても美味しかったです。
サチコネエサンや子どもたちは地魚のお刺身定食を食べてました。

旅行最後の日(8月8日)は
↓敦賀の金ヶ崎城跡に行きました。
19081502.jpg
この敦賀の金ヶ崎城は
戦国時代に『金ヶ崎の退き口』という
有名な出来事の舞台となったところです。

織田信長が越前(福井)の大名・朝倉義景を攻めようと
この金ヶ崎まで進軍して来たときに、
背後から近江(滋賀)の大名・浅井長政が
織田信長に攻撃をしかけてきました。

浅井長政は
織田信長にとっては自分の妹であるお市さんを嫁がせて
義兄弟になっていたので
すっかり安心していたのですけれど、
浅井長政は信長を『裏切った』わけです。
北の朝倉軍と南の浅井軍で、織田信長を挟み撃ちにしたわけです。

絶体絶命の大ピンチに陥った織田信長は
大慌てで京へ逃げ帰り、なんとかピンチを脱しました。

織田信長が浅井長政の裏切りを知ったのは
妹であり、浅井長政に嫁いでいるお市さんが暗号を送ったからだという
逸話があります。

お市さんは兄である信長を救うために
夫である浅井長政の目を盗んで
『小豆を入れて両側をヒモで縛った袋』を
信長の陣に送ったのだそうです。

袋に入った小豆は織田軍を表し
両側をヒモで縛ってあるのは『両側から挟み撃ちにされる』という
意味だそうです。

織田信長はそれを見て事態を悟り
急いで逃げてピンチを切り抜けたというわけです。
この撤退劇を『金ヶ崎の退き口』といいます。
逃げ帰る信長を最後尾で守ったのが豊臣秀吉や徳川家康でした。

金ヶ崎城跡のある高台には金ヶ崎宮があります。
↓敦賀の町を見下ろす森の中にある神社です。
19081503.jpg
展望台からは美しい敦賀湾が一望できます。
↓とても素晴らしい眺めでした~。
19081504.jpg
金ヶ崎宮で
↓小豆を入れて両側を縛ってあるお守りを買いました。
19081505.jpg
難関突破のお守りだそうです。
ありがたいことでございます。

最後に敦賀の魚市場に行ってオミヤゲを買って
敦賀駅に行きました。
ここからみんなには特急しらさぎと新幹線で平塚へ帰ってもらい
僕はそのままクルマで
翌日のお仕事の会場である大阪へ向かいました。

2泊3日でしたが
いろいろな史跡を巡ることができて充実した旅行でした。
7歳の息子はまだまだ行きたい史跡が日本じゅうにたくさんあるそうですので
また機会をつくって歴史探訪に出かけたいと思います。

8月14日(水)晴れ時々雨

今日は実家の自宅スタジオに行って
僕のコーラスのパートを録音してきました。
おかげさまで、1曲ぶん録りおわりました。

ということで今日も
せんじつの旅行の写真の続きを載せます。

福井駅前の北ノ庄城跡を訪れたあと
今回の旅行のメインの一つ、一乗谷遺跡に行きました。

一乗谷遺跡とは
戦国大名の朝倉氏の居城だったところで
当時は城下町もあってたいへん栄えていましたが
5代目の朝倉義景のときに織田信長に攻め滅ぼされました。

今日では、一乗谷川の両岸に居城や城下町の遺構が残っています。
↓とても美しい谷間にあります。(クリックして大きくして見てね)
19081401.jpg
この日も福井は35℃の猛暑日でした。
日陰のない炎天下をがんばって歩いて周りましたよ。

↓ここが入口です。
19081403.jpg
いろいろな御殿の遺構が
広大な敷地に残っていて
そこを歩いて周れるようになっています。

↓これは朝倉義景が住んでいた館跡です。
19081402.jpg
ここをじっくりと見学しているあいだも
本当に暑かったです!!!
19081404.jpg
ここは、単に
いち戦国大名の本拠地だったというだけではなくて
歴史の中で大きな存在感を持っている場所です。

のちに室町幕府の15代将軍となる足利義昭も
しばらくここに滞在していた時期があります。

足利義昭は自分が将軍になるための軍勢を持っていなかったので
武田信玄や上杉謙信などいろいろな有力な戦国大名に
力を貸してくれと頼ります。
その中で、福井の朝倉義景を頼ってここに来ていたのですね。
(結局は思うように助けてもらえなかったので
 足利義昭は織田信長を頼るようになって……と続くわけです)

7歳の息子は
そのへんのことはよく分かっていますので
朝倉義景や足利義昭が400年前にいたまさにその場所に立って
それなりに感激している様子でした。

5歳の娘は相変わらずよく分かっていない感じでしたが
『ナナミ、お前さんが好きなプリンセスの細川ガラシャは
 ここで生まれて、ここで育ったんだぞ』
と言うと
『えっ、ここに細川ガラシャがいたの?』
と食いついてきました(笑)。

『そうだ、細川ガラシャの父親である明智光秀パパは
 ガラシャが生まれたとき、この一乗谷に来ていたんだ。
 ガラシャが生まれた場所はここから少し南に行ったところだけど
 ここにも来たことがあったはずだ。』

と言ったら、それなりに興味を持ったようでした。
まあ、写真もたくさん撮りましたので
いつかもう少し大きくなったときに見返して
意味を理解してくれたらいいなあと思います。

↓一乗谷遺跡では、戦国時代の街並みが復元されています。
19081405.jpg
こちらもとても興味深いものでした。

↓遺跡の近くにある一乗滝にも行きました。
19081407.jpg
風が涼しくて、水も冷たくて
とても癒されました~。

このあと、福井県立恐竜博物館に行って見学しました。
日本で恐竜といえば福井! 福井といえば恐竜!ということになっていますから
たいへん規模が大きくて充実した博物館でした。

圧倒的な数と大きさの骨格標本がジオラマの中に並び
恐竜以外の、地球科学や古生物の展示も素晴らしかったです。
子どもたちも非常に楽しんでおりました。
娘は、動くティラノサウルスやトリケラトプスに驚いて泣いていましたが
それ以外は喜んで見学していました。
19081406.jpg
ということで旅行の2日目は
北ノ庄城跡と一乗谷遺跡と恐竜博物館で終わりまして
敦賀駅前のマンテンホテルに泊まりました。

敦賀では晩ご飯に美味しいお魚とお酒をいただきましたよ。
サチコネエサンが
『このお酒、すっっごくおいしい!!』と上機嫌で飲んでました。

ということで、また明日以降に続きを載せたいと思います。

8月13日(火)晴れ時々雨

今日も、せんじつ行ってきた旅行の写真の続きを載せます。

旅行初日は岐阜城や姉川古戦場を巡ったあと
福井駅前のルートインに泊まりましたので、

2日目(8月7日)はまず福井駅のすぐそばにある
北ノ庄城跡に行きました。

北ノ庄城は戦国大名の柴田勝家の居城で
↓いまは駅前の市街地の中に遺構が残っています。(クリックして大きくして見てね)
19081301.jpg
↓柴田勝家の立派な像もあります。
19081302.jpg
そしてここにも
↓浅井三姉妹とお市さんの像があります。
19081303.jpg
プリンセス好きの5歳の娘は
ここでも三姉妹と一緒に記念写真をたくさん撮りました。

織田信長の妹であるお市さんは
最初は浅井長政と結婚してこの三姉妹を産みましたが、
浅井長政が織田信長に滅ぼされてしまったので
織田信長の家臣である柴田勝家と再婚しました。

再婚したお市さんと柴田勝家はとても仲むつまじく
三姉妹もこの北ノ庄で大切に育てられたそうです。

ところが今度は、
その柴田勝家が豊臣秀吉に滅ぼされてしまいます。
炎上する北ノ庄城で柴田勝家は自害しますが
その際に、お市さんと三姉妹を逃がそうとします。

しかしながら、お市さんは柴田勝家に向かって
『私もあなたと一緒に死にます』と言って逃げることを拒否し
ここで亡くなりました。

三姉妹は北ノ庄から保護され
のちに長女の茶々は豊臣秀吉と結婚して秀頼を産み、
次女の初は京極高次と結婚し、
三女の江は徳川家康の息子の秀忠と結婚して、三代将軍の家光を産みます。
さらには茶々の息子の秀頼と、江の娘の千姫が結婚します。

お市さんと浅井三姉妹は
戦国時代が終わって江戸時代が始まってゆく激動の時代において
まさにその中心にいたといって過言ではないと思います。

↓北ノ庄には三姉妹神社もあるので、みんなでお参りしました。
19081304.jpg
5歳の娘には、こうした複雑な話はまだ分からないと思いますが
『お市ママと3人のプリンセス”チャチャハツゴー”』には非常に親しみを持っています。

そして、
『パパ、ここで、お城が燃えちゃって、チャチャハツゴーが逃げたんでしょ』
と言っていました。

娘には
『そうだ。ナナミ、お市ママも茶々・初・江も、ここに住んでいたんだぞ。
 お前さんがいま立っているここに、チャチャハツゴーも立っていたんだ。
 きっとみんなで仲良く暮らしていたと思うよ。』
と言っておきました~。

それにしても、
戦国の世の中で
兄を殺され、夫を殺され、
再婚した夫も殺されようとしたときに、
燃え盛る城のなかで娘たちを逃がし、自分は夫と一緒に死ぬことを選んだお市さんは
そのときどんな気持ちだったのだろうかと思います。

それを考えると胸を締め付けられるような気持ちになりますね。
彼女の人生のなかで、ほんのちょっとでも
『ああ…私は幸せだ…』と想う瞬間はあったのでしょうか。
あってほしいなあ、なんて思います。

↓娘は三姉妹のお守りを買いました。
19081305.jpg
ということで
明日以降にまた続きを載せたいと思います。

8月12日(月)晴れ

今日は晩ご飯に豚しゃぶと冷奴を作りました。
(作りましたというほどのものではないですが)

ところで今日も昨日の続きを載せます。

岐阜城に登ったあと
↓滋賀県の姉川古戦場に行きました。(クリックして大きくして見てね)
19081201.jpg
ここは、1570年に
織田信長&徳川家康の連合軍と
浅井長政&朝倉義景の連合軍が
戦った場所です。

↓これが姉川です。
19081202.jpg
周囲はほんとうに美しい田園風景で、
こんなところで大勢の武士が亡くなった合戦があったことなど
にわかには信じがたいです。

姉川の水が血で赤く染まったという言い伝えがあり
近くには『血』という字がつく地名がいくつかあります。

姉川には橋がかかっており
『老朽化のため車両通行止め』と書いてあったのですけれど
自転車に乗ったオジサンが渡っていたため
『なるほど、歩行者は渡っていいのか』と思い
歩いて渡ってみました。

↓この写真で、川の手前側に浅井長政の軍が陣取り、
 対岸には織田信長の軍が陣取って、まさにここで両軍が対峙しました。
19081203.jpg
日没間近の太陽に水面や田んぼや山々が照らされて
ほんとうに美しい風景でした。
ここであった出来事を思うと、僕はとても不思議な気分になりました。

7歳の息子が
『ここで戦った織田軍は何万人で、浅井軍は何万人で…』と詳しく解説してくれました。
僕やサチコネエサンやバアバはふんふんと聴いていましたが
5歳の娘にとっては、どういうことなのかまだ全く分からないと思います。

ここでの合戦は激戦が繰り広げられたものの
最終的な決着はつきませんでした。
しかしながら、のちに浅井長政も朝倉義景も織田信長に滅ぼされてしまいます。

姉川古戦場のすぐそばに
道の駅『浅井三姉妹の里』というのがあり
ここに立ち寄りました。

もう日暮れだったのでお店などは終わってしまっていましたが
↓『浅井三姉妹とお市の方』の像がありました。
19081204.jpg
ここでは、5歳の娘がひじょうに喜んで
像といっしょに記念写真をたくさん撮りました。

娘はプリンセス好きなので
寝かしつけるときによくお市ママと浅井三姉妹の話をしているので
よく知っているのです。

織田信長の妹であるお市さんは
浅井長政と結婚しました。
織田信長にとって浅井長政は『妹の夫』ということになり、
浅井長政にとって織田信長は『妻の兄』ということになります。

お市さんと浅井長政との間には3人の女の子が生まれ
これが有名な『茶々(ちゃちゃ)』『初(はつ)』『江(ごう)』の『浅井三姉妹』です。
この三姉妹は、それぞれが戦国の世の中で
数奇な、壮絶な、悲しい運命をたどってゆくことになります。
戦国時代のさまざまなエピソードの中でも、最大の『華』といっていいでしょう。

娘はまだそういう悲哀は理解できないので
『チャチャハツゴーだ! 真ん中がお市ママ?』
と無邪気に喜んでおりました。

↓夕暮れの空にシルエットで浮かび上がった4人の姿はとても絵になるものでした。
19081205.jpg
お市さんは何を指さしているのでしょうか。

このあと晩ご飯を食べて福井に向かいまして
福井駅前の宿に泊まりました。
岐阜城と姉川古戦場で歴史探訪の1日目は終わりました。

ということで
明日以降もまた続きを載せたいと思います。

8月11日(日)晴れ

きょうは日曜なのでラジオの生放送の日でした。

星のコーナーは
毎年お盆休みにピークを迎える
ペルセウス座流星群の話をしましたよ。

ところで今日は
先日行ってきた岐阜・滋賀・福井への旅行の写真を載せます。

2泊3日の旅行でしたが
まず最初に行ったのが岐阜城です。

岐阜城は戦国大名の斉藤道三の居城でしたが
のちに織田信長が斉藤氏を滅ぼしてここを居城としました。

↓高い山の上に遠くそびえているのが岐阜城です。(クリックして大きくして見てね)
19081001.jpg
観光客はみんなロープウェイで登ります。

ウチは戦国時代マニアの7歳の息子が
『斉藤道三や織田信長が登った道を
 自分の足で歩いて登りたい』と希望していたので
麓から歩いて登ることにしました。

サチコネエサンや5歳の娘や僕の母親(子どもたちのオバアチャン)も
歩いて登ることに挑戦しました。

↓これが登山道の入口です。
19081002.jpg
この日の岐阜の気温は35℃で
熱中症が本当に心配でしたので
麓の自販機でスポーツドリンクをたくさん買って
5分歩くごとに子どもたちに飲ませながら
ゆっくり登りました~。

コースタイムでは1時間程度とのことでしたが
1時間以上かかって
↓やっと頂上のお城に着きました!!
19081003.jpg
天守閣からの眺めは本当に素晴らしいです。

↓お城の麓には美しい長良川が流れています。
19081004.jpg
南側を見ると
↓雄大な濃尾平野が広がっています。
19081006.jpg
息子も、
織田信長や斉藤道三が実際に眺めたのと同じ景色を見て
↓それなりに何かを感じとっているようでした。
19081005.jpg
息子は図書館から毎回必ず
歴史マンガや伝記マンガを借りてきて熱心に読み漁っています。
学校でも休み時間にはよく図書室に行って歴史の本を読んでいるそうです。

ウチには僕がむかし買った歴史の本がたくさん転がっていますが
そういう大人向けの本も読み漁ってます。
僕も歴史は大好きで本はたくさん読んでいますが
息子はもう僕が知らないようなこともよく知っていて
子どもの吸収力というのはスゴイものだと感心しますね。

息子が気に入って何度も読んでいた織田信長の伝記マンガに
印象的なシーンがありました。

織田信長は、斉藤道三の娘である濃姫と結婚しました。
斉藤道三にとっては織田信長は『娘の夫』ということになり、
織田信長にとって斉藤道三は『妻の父上』ということになります。

岐阜城下のお寺で両者が面会したときに
斉藤道三は織田信長の才能を見極め
『残念ながら私の息子は織田信長に負けてその家来になるだろう』
という予言を残したエピソードは有名です。

その歴史マンガでは面会のあと
斉藤道三が織田信長に
『ムコ殿、お前さんを連れて行きたい場所がある。見せたいものがある』
と言って、岐阜城の天守閣に連れて行き
この天守閣からの景色を見せるシーンがあるのですね。

そこで斉藤道三は織田信長に
『どうじゃ。素晴らしい眺めだろう。
 ワシはこの雄大な景色を初めて見たときに圧倒されたのだ』
と言うわけです。

織田信長もいたく感動し
『天下取り』をいっそう強く決意する……というようなシーンだったと思います。

僕は息子に
『お前さんは今、斉藤道三や織田信長が400年以上前に確かに見た景色を見ているんだぞ。
 お前さんは自分の足でここまで登ってきて
 自分の眼でいまこれを見てる。
 こういうことは本当に大切なことだと思うよ』
と言っておきました~。

ということで
明日以降にまた続きを載せたいと思います。

8月10日(土)晴れ

今夜は南の空で
月と木星が並んで輝いて
ほんとうに素晴らしい眺めです。
木星のそばにサソリ座のアンタレスという1等星も見えます。

ところで昨日は
大阪府高槻市の立派なホールで行われた
『夏期音楽教育研究のつどい全国大会』で
講師をつとめさせていただきました。

全国から700名以上お集まりになった
学校で音楽を教えている先生がたに
合唱曲の作者としてお話させていただきました。
ピアノの弾き語りで数曲歌ってまいりましたよ。

最後は会場の先生がた全員で
『COSMOS』と『地球星歌』合唱しました。
ほんとうに壮大な合唱で感動的でした。

参加された先生がた
主催者スタッフの皆さま
ほんとうにありがとうございました。

大阪へは僕ひとりで行ったのですが
その前の3日間は家族で岐阜・滋賀・福井あたりを
旅行しました。

戦国時代マニアの7歳の息子のために
●戦国大名の斉藤道三と織田信長の居城であった岐阜城
●織田信長・徳川家康 vs 浅井長政・朝倉義景が戦った『姉川の戦い』の古戦場(滋賀県)
●柴田勝家の居城であった北ノ庄城跡(福井駅前)
●朝倉氏5代の居城であった一乗谷遺跡(福井市)
●福井県立恐竜博物館
●織田信長が浅井長政に裏切られて奇襲を受けた金ヶ崎城(敦賀市)
を2泊3日で周りましたよ。

最後は福井県の敦賀市だったので
敦賀の魚市場でオミヤゲを買って
家族には敦賀駅から特急しらさぎに乗って米原へ出て
そこから新幹線で帰ってもらいました。
僕は敦賀から一人でクルマを運転して大阪へ行きました。

旅行はとても良かったです。
予定していたところにはぜんぶ行けましたし
天気も良かったです。(気温はどこも35℃とか37℃とかでしたが…)

写真もいっぱい撮ってきたので
また明日以降に載せたいと思います。

8月9日(金)晴れ

3泊4日で
岐阜、滋賀、福井、大阪を周ってきました。
きょうは大阪から高速道路を運転して帰ってきましたよ。

4日間のうち最初の3日間は家族旅行で
最後の1日はお仕事でした。

とても充実した4日間でしたので
明日以降に写真を載せたいと思います。
きょうはもう寝ます~。

8月4日(日)晴れ

おとといと昨日は
長野県の『原村星まつり』でイベントライブでした。

お越しいただいたお客さま
星まつり関係者の皆さま
ほんとうにありがとうございました。

今年は天気にも恵まれまして
とくに昨夜は素晴らしい星空と天の川が見られました。

ウチの子どもたちも
大きな望遠鏡で土星や木星を見せてもらって
感激していました。

それにしても
星まつりの会場は八ヶ岳の麓の標高1200mの高原ですので
夜はとても涼しかったです。
2日間だけでも猛暑から解放されて生き返りました~。

8月1日(木)晴れ

明日からの週末は
長野県の八ヶ岳の麓で行われる天文イベント
『原村星まつり』に参ります。

アクアマリンは、金曜日の16:00からと、
土曜日の16:30から、22:00からコンサートを行う予定です。
(天候によっては時間が変更になったりします…)
良い演奏ができるようにがんばります。

ここ数日は暑くてたまりませんが
原村は涼しいでしょうか。
今年も、全国からやってくるおおぜいの皆さんと一緒に
素晴らしい星空を見上げるのを楽しみにしています。