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8月19日(水)曇り

今日も、先日行った大阪の写真を載せます。

8月10日に大阪でお仕事があり、
その翌日は帰りの新幹線が夕方だったので、
日中は歴史探訪をしようと思い
まず四天王寺を訪れました。
(四天王寺のことは一昨日のこのブログに書きました)

四天王寺を訪れた後、
その足で地下鉄に乗りまして
↓『難波宮(なにわのみや)』という史跡に行きました。(クリックして大きくして見てね)
15081901.jpg
難波宮というのは、
飛鳥時代の西暦645年に孝徳天皇が建設した都の遺跡です。

歴史の授業でも習いますが、
中大兄皇子と中臣鎌足が
蘇我入鹿を飛鳥の宮殿で殺害した『乙巳(いっし)の変』という大事件が起こると、
当時の天皇だった皇極天皇は
天皇の位を弟である孝徳天皇に譲って引退してしまいます。

その後、孝徳天皇は都を大阪のこの難波宮に移し
有名な『大化の改新』という政治改革を始めるわけです。

この難波宮は、古代史のなかでも
とくに重要な史跡ですので
以前から、ぜひ一度
訪れたいと思っていました。

難波宮は、いまはとても広大な
芝生の公園になっています。
べつに宮殿が復元されて建っているわけでもないので
何にも無いといえば、そうです。

ただ、宮殿が建っていた位置に
その石造りの土台だけが復元されています。

↓あの、一段高いステージのようなのが宮殿の土台です。
向こうに見えるのは大阪城です。
15081902.jpg
難波宮と大阪城は、広い道路を挟んで隣どうしです。

↓土台の上に登るとこんな感じです。
15081903.jpg
円い石は、宮殿を支える大きな柱が立っていた場所だそうです。

僕は歴史の本を読むのがとても好きなのですが、
とくに興味を引かれるのが、飛鳥時代の
皇極天皇→孝徳天皇→斉明天皇→天智天皇→弘文天皇→天武天皇
という時代の頃です。

ちなみに皇極天皇というのは女性で、
孝徳天皇の姉であり、
のちに天智天皇となる中大兄皇子や、天武天皇となる大海人皇子の
母であります。

そして皇極天皇と斉明天皇というのは同一人物であり、
『一度引退してから再び即位する』ということをやった
歴史上初めての人です。

このあたりの過程はとても複雑で謎に満ちていて
僕はとても興味をひかれます。

それに、この皇極天皇から天武天皇までの
比較的みじかい時代の間に、
大化の改新があり、
白村江の戦い(日本が唐と新羅の連合軍と戦争をして朝鮮半島まで出撃して
大敗した戦)があり、
壬申の乱(天智天皇の死後に息子である大友皇子と
弟である大海人皇子が天皇の座を争った内戦)があったりして

重大な出来事が続けざまに起こるわけですね。

そんな中で、日本という国は
急速に国家としての形をととのえてゆくわけです。
そのあたりのプロセスが
とても興味深いと思います。

そんなこともあり、
この難波宮の遺跡に立ってみたいと
長年思っておりました。

気温35℃を超えるような炎天下で
僕は1時間くらい、この土台の上に立って
いろいろと思いをめぐらせました。
歴史好きとしましては、とても幸せな時間でした。

スゴイナーと思ったことがあります。

この土台の上に立ちますと、
近くに大阪城がよく見えます。
そして反対側には、昨年オープンした
日本最高のビル『あべのハルカス』が見えます。

自分はいま1370年前の都の上に立っていて
400年前に豊臣秀吉が作ったお城と
去年できた日本一のビルを
同じ景色の中に見ているわけです。

『これが歴史なのだなあ…』と思いました。

なんか、約1400年という長~~い時間が
目の前で一つに重なっているような気がしました。

長い時間の積み重ね
星の数ほどの人々の行いの上に、
現在という一瞬があるのだなあ…と思いました。
これは、なかなかスゴイ体験だと思います。

やはり、自分で行ってそこに立ってみないと
分からないということがたくさんあります。

そのへんが、歴史探訪の面白いところだとおもいます。
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