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8月12日(月)晴れ

今日は晩ご飯に豚しゃぶと冷奴を作りました。
(作りましたというほどのものではないですが)

ところで今日も昨日の続きを載せます。

岐阜城に登ったあと
↓滋賀県の姉川古戦場に行きました。(クリックして大きくして見てね)
19081201.jpg
ここは、1570年に
織田信長&徳川家康の連合軍と
浅井長政&朝倉義景の連合軍が
戦った場所です。

↓これが姉川です。
19081202.jpg
周囲はほんとうに美しい田園風景で、
こんなところで大勢の武士が亡くなった合戦があったことなど
にわかには信じがたいです。

姉川の水が血で赤く染まったという言い伝えがあり
近くには『血』という字がつく地名がいくつかあります。

姉川には橋がかかっており
『老朽化のため車両通行止め』と書いてあったのですけれど
自転車に乗ったオジサンが渡っていたため
『なるほど、歩行者は渡っていいのか』と思い
歩いて渡ってみました。

↓この写真で、川の手前側に浅井長政の軍が陣取り、
 対岸には織田信長の軍が陣取って、まさにここで両軍が対峙しました。
19081203.jpg
日没間近の太陽に水面や田んぼや山々が照らされて
ほんとうに美しい風景でした。
ここであった出来事を思うと、僕はとても不思議な気分になりました。

7歳の息子が
『ここで戦った織田軍は何万人で、浅井軍は何万人で…』と詳しく解説してくれました。
僕やサチコネエサンやバアバはふんふんと聴いていましたが
5歳の娘にとっては、どういうことなのかまだ全く分からないと思います。

ここでの合戦は激戦が繰り広げられたものの
最終的な決着はつきませんでした。
しかしながら、のちに浅井長政も朝倉義景も織田信長に滅ぼされてしまいます。

姉川古戦場のすぐそばに
道の駅『浅井三姉妹の里』というのがあり
ここに立ち寄りました。

もう日暮れだったのでお店などは終わってしまっていましたが
↓『浅井三姉妹とお市の方』の像がありました。
19081204.jpg
ここでは、5歳の娘がひじょうに喜んで
像といっしょに記念写真をたくさん撮りました。

娘はプリンセス好きなので
寝かしつけるときによくお市ママと浅井三姉妹の話をしているので
よく知っているのです。

織田信長の妹であるお市さんは
浅井長政と結婚しました。
織田信長にとって浅井長政は『妹の夫』ということになり、
浅井長政にとって織田信長は『妻の兄』ということになります。

お市さんと浅井長政との間には3人の女の子が生まれ
これが有名な『茶々(ちゃちゃ)』『初(はつ)』『江(ごう)』の『浅井三姉妹』です。
この三姉妹は、それぞれが戦国の世の中で
数奇な、壮絶な、悲しい運命をたどってゆくことになります。
戦国時代のさまざまなエピソードの中でも、最大の『華』といっていいでしょう。

娘はまだそういう悲哀は理解できないので
『チャチャハツゴーだ! 真ん中がお市ママ?』
と無邪気に喜んでおりました。

↓夕暮れの空にシルエットで浮かび上がった4人の姿はとても絵になるものでした。
19081205.jpg
お市さんは何を指さしているのでしょうか。

このあと晩ご飯を食べて福井に向かいまして
福井駅前の宿に泊まりました。
岐阜城と姉川古戦場で歴史探訪の1日目は終わりました。

ということで
明日以降もまた続きを載せたいと思います。
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