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1月15日(水)晴れ

きょうも函館旅行の写真を載せます。

函館に着いた日(1月11日)は
さっそく旅行の最大の目的地のひとつである
五稜郭に行きました。

↓これは五稜郭の中にある奉行所跡です。(クリックして大きくして見てね)
20011501.jpg
歴史マニアの8歳の息子はここからすでに
『おお、土方歳三も榎本武揚もここを歩いたのか……!』
と感激しながら歩いていました。

↓これが、再建された奉行所とその前で雪遊びをする息子です。
20011502.jpg
奉行所は中を見学できるようになっていて
ひじょうに興味深い展示がいろいろとありました。
とても面白かったです。

五稜郭の中を歩いて奉行所を見た後に
『五稜郭タワー』に上りました。

↓これが五稜郭タワーからの眺めです。
20011503.jpg
僕はこれを見て本当に感動しました。

息子は、幕末の黒船来航から
安政の大獄や桜田門外の変や戊辰戦争を経て
開国や文明開化にいたる歴史を理解していますが
6歳の娘はまだ何も分かっていないと思います。

それでも、この旅行の前に五稜郭の写真を見せて
『北海道のハコダテというところには、星の形をしたお城があるのだぞ』
と言ったら
『スゴーイ! すてき~! あたしも行ってみたい』と言っておりました。

プリンセス好きの娘にとっては
五稜郭はメルヘンの世界のロマンチックなものとして映っているのだと思います。
それでも、ここへ来てこれを見たということが微かにでも記憶に残って
いつか歴史の授業で習ったときに思い出してくれたら本当に嬉しいです。

五稜郭タワーからは、五稜郭だけでなく
函館の360度の素晴らしいパノラマが見られました。

↓これは函館山のほうを写した写真です。
20011504.jpg
この写真からも分かりますが、
奥のほうの函館山に向かって
手前の五稜郭からまっすぐ続いている道があります。

新政府軍の攻撃を受けた旧幕府軍が
いよいよ追い詰められたとき、
土方歳三さんは五稜郭を出てこの道を進んで
函館山のふもとにある『弁天台場』という
旧幕府軍のもうひとつの基地の救援に向かいました。

そして、その途中で新政府軍の銃弾に倒れて亡くなりました。
35歳でした。
その瞬間に『江戸時代』が終わったのだという言い方が
できないこともないのではないかなあとも思います。
そんなことを考えながら、この景色を眺めました。

↓夕陽が、ちょうどその弁天台場のほうへ沈んでいきました。
20011506.jpg
太陽が函館湾に沈むとき、弁天台場の上に後光がさしているように見えました。
まさにそれは、江戸時代の最後の光のように見えました。(←詩的な言い方だ)

歴史上には、古い時代が終わって新しい時代が始まる
ターニングポイントがたくさんあります。
それを後の世の人が見るときに
新しい時代を支持する人たちは先見の明があり、
古い時代を存続させるために抵抗した人たちは頑迷だったと評価しがちです。

しかしながら、この函館で最後まで戦った人たちには
それなりの信念だとか正義だとか事情があったと思うわけです。

息子はさいきん僕よりも遥かに歴史に詳しくなって
『大人どうしの歴史の話』ができるようになってきて
とても楽しいというか、頼もしい感じがするのですけれど、

よく彼にも
『人間の歴史っていうのは
 どちらが正しくてどちらが間違っているとか
 どちらが良くてどちらが悪いとか
 そんなものを超えたところにあるんだと思うよ』
と話しています。

↓日が暮れて、五稜郭のライトアップが始まりました。
20011505.jpg
観光客(半分くらいは外国からの旅行者)はみんな歓声をあげて
スマホでたくさん写真を撮っています。

↓これは五稜郭タワーにあるカッコいい土方歳三さんの像です。
20011508.jpg
このあと、市電(路面電車)に乗って
函館駅前まで帰りました。

2泊したホテルは函館駅のすぐそばでした。

↓ライトアップされた函館駅にマンマルのお月様が昇ってきて
なかなか幻想的でした~。
20011507.jpg
ということで
明日以降もまた続きを載せたいと思います。
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